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Channel: たるーの島唄まじめな研究
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谷茶前

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谷茶前 taNcha mee  たんちゃめー ◯谷茶の前 語句・たんちゃめー 谷茶前の浜、が正式な呼び名である。「の浜」が省略されている。 一、谷茶前の浜に(よー)スルル小が寄ててんどー(ヘイ)(ナンチャマシマシ ディアンガ ソイソイ) たんちゃめーぬはまに(よー)するるぐぁーがゆてぃてぃんどー(へい)(なんちゃましまし でぃー あんぐぁー そいそい) taNchamee nu hama ni yoo sururugwaa ga yutitiN doo (hei naNca mashimashi dii aNgwaa soi soi) ◯谷茶(の)前の浜に きびなごが集まっているぞー 語句・するるぐぁ 「小魚の名。きびなご。体長10センチたらずで、かつおの釣り餌に用いられる」【沖縄語辞典(国立国語研究所編)】(以下【沖辞】と略す)。・なんちゃましまし でぃあんぐぁーそいそい 囃し言葉。囃し言葉は拍子を揃えたりするものも多い。また昔の囃し言葉が伝搬する間に別の語句と入れ替わったりもする。この場合「なんちゃ」は「たんちゃ」と歌われる曲もある。「ましまし」は「むさむさ」とも。「でぃーあんぐぁー」は意味がはっきりしているので変化がほとんど見られない。「でぃー」は「さあ」であり、「あんぐぁー」は平民の「お姉さん」だ。「そいそい」は「やくしく」(約束)となったりもする。 二、スルル小やあらん大和ミズンど やんてんどー  するるぐぁーやあらん やまとぅみじゅんどぅ やんてぃんどー sururugwaa ya 'araN yamatu mijuN du yaNtiN doo ◯きびなごではない ヤマトミズン(ニシンの一種)だぞ 語句・やまとぅみじゅん 鰯。「(奄美以南に分布する)鰯の一種」【琉球語辞典(半田一郎)】(以下【琉辞】)。 三、兄達や うり取いが あん小や かみてうり売いが   あふぃーたーや 'うりとぅいが あんぐぁーや かみてぃ'うり'ういが 'ahwiitaaya 'uri tuiga 'angwaaya kamiti 'uri 'uiga ◯兄さんたちはそれを採るために 姉さんたちは頭に乗せて売るために 語句・あふぃーたー 兄さん達。「あふぃー」は「平民の兄さん」。「あっぴー」とも言う。ちなみに士族は「やっちー」。・とぅいが 取りに。「が」は「〜しに」の意味。したがって、この後に「いちゅん」(行く)が省略されている。・かみてぃ頭に載せて。<かみゆん。 「頭上に載せる」【琉辞】。 四、うり売て戻いぬアン小が 匂いぬしゅらさ 'うり'うてぃもぅどぅいぬ 'あんぐぁーが にうぃぬしゅらさ 'uri 'uti mudui nu 'angwaa ga niwi nu shurasa ◯それを売って戻った姉さんの 匂いのかわいらしいことよ 語句・しゅらさ かわいらしいことよ!<しゅーらーさん。「かわいい」【琉辞】。形容詞の体言止め(〜さ)は「とても〜なことよ!」という感嘆の意味がある。 五、うり取ゆる島や 謝名と宇地泊 'うりとぅゆるしまや じゃな とぅ 'うちどぅまい 'urituyuru shima ya jana tu 'uchidumai ◯それを採る村は 謝名と宇地泊 語句・しま 「島」つまりアイランドではなく村などの地名を指す。・じゃなとぅうちどぅまい (コメント) 沖縄は北部、西海岸の恩納村谷茶(たんちゃ)。そこに伝わる漁村ののどかな男女の風景を歌にしたもの。 明治初期に舞踊の名人といわれた玉城盛重が谷茶に伝わる古謡を元に振り付けをして人気を博した。 最初は女の手踊りだけだったが、やがて女がバーキ(竹籠)を、男がウェーク(櫂)を持って踊る雑踊り(ぞう うどい zoo udui)と言われる現在の型が生み出されて行く。 三線では三下げ(さんさぎ saNsagi)で、沖縄音階ほぼ100%の曲。 早弾きで、タッタタ、タッタタのリズムで弾くことで躍動感に満ちている。 (注意点) ・谷茶前 地名は「谷茶」のみで「前」は、「前の浜」(meenuhama)という慣用の語句。 ・谷茶は恩納村と本部町にある。一般的には恩納村が発祥とされているが本部町だとする説もある。 ・ヤマトミズン、ニシンの一種であるが、明治初期はこの部分は「スク」であったようだ(仲宗根幸市氏) ・三番、「うりとぅいが」「うりういが」のそれぞれの後に「いちゅん 'icuN」が省略されている。「・・を採り・・を売り」とリズム良く歌えるようにしてある。 ・四番「しゅらさ」は舞踊曲の場合で、民謡では「ひるぐささ」(臭さ)であるという(仲宗根幸市氏 島うた紀行 第1集) 魚を一日中頭に乗せて売っていたら魚臭くなるでしょうね。 いろいろな歌詞もあるし、時代によりそれも変わる。 民謡の運命(さだめ)である。 人々の口を介して、いいものが残り、変えられてよいものになる。 時代の好みに合わせて変わり、人々は、よくないものは捨てていく。 捨てられたものは戻ってこない。 新しい歌詞が加えられて、元の姿は、見えなくなる。 谷茶前もそういう運命をたどり、今日私たちに、進化した姿を見せてくれるのである。 (歌碑) 昔の谷茶前の歌碑は、少しわかりにくい行きずらい場所にあった。 現在は浜の近くにできたという。(私自身はまだ見たことがないのでFacebookの友人からお借りした) 次回はこの歌碑の歌詞を取り上げたい。 (2018年2月11日 加筆修正)

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